「詩」はどう読むのが正解?退屈にならない「詩」の読み方とは。

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こんにちは、misakiです。


このブログを書きながら、文学というジャンルを追いかけている時、
切っても切り離せない存在があることにふと気が付きました。


それが…「詩」です。


皆さんは「詩」を読むでしょうか?

おそらく、国語の授業以外で、
あまり「詩」に触れる機会のある方って少いと思います。

私も正直、昔はほとんど興味がありませんでした。


なんか「詩」を読んでると言ったら格好良さそう
という気持ちだけで手に取ったことがありますが笑

実際読んでみてもストーリーがあるわけじゃなく、
どう楽しめば良いのか、よく分からなくてすぐに本を閉じてしまった、
という経験があります。


ですが、有名な小説家の中には、
ヘルマン・ヘッセや宮沢賢治など、
詩をたくさん残している作家も多くいます。


詩集だってたくさん出ているし、
できることなら、詩も楽しめるようになりたい…


ということで、
今回は一つのタイトルに絞って紹介するのではなく、
大きな「詩」という括りで、その楽しみ方を説明していきたいと思います。

そもそも詩とは?


まず、少しだけここでの「詩」に定義をさせて下さい。


ここで紹介する「詩」とは、文学作品の中の詩になります。


さらにややこしくなるので、短歌や俳句、漢詩や歌の歌詞には触れないこととします。


詩についてネットで調べると、

文学の様式の一。自然や人事などから受ける感興・感動を、リズムをもつ言語形式で表現したもの。押韻・韻律・字数などに規定のある定型詩と、それのない自由詩・散文詩とがあり、また、内容から叙情詩・叙事詩・劇詩などに分ける。

引用元 goo辞書


と、あります。

つまり大ざっぱに言うのであれば、
自分の外側で起こったことに対して自分の内面と真正面から向かい合って生まれる言葉
ということになるでしょうか。


小説には、ストーリーやキャラクターという制約があるのに対し、
詩、特に自由詩にはほとんどそういった制約がありません。


心の感じたままに、感じたことを書くことが出来ます。


ですが、ちょっと待って下さい。


今日起こった出来事に対して自分が感じたことを書く、
というのでは「日記」と変わらないですよね。


日記と詩の大きな違い。


それって何だと思いますか?

今日こんなことがあって、こんなことを言われて、悲しかった。
でもこんなこともあって、嬉しかった。
お昼に食べた〇〇が美味しかった、また行きたい。


とてもシンプルな日記を例にあげてみました。

どうでしょう…?日記ってとても具体的で直接的なんです。

誰かに見られることを想定していなければ固有名詞がばんばん出てくるでしょうし、
見られることを想定しているなら写真を一緒に載せるとか、
誰がどのような行動をしたとか、
分かりやすく書くのではないでしょうか。


「感じたこと」は、なぜ「感じた」のか、
その因果関係が分かりやすいのが、「日記」だといえます。

それに対して、詩は、真逆なんです。

  1. 何かが起こった
  2. 心の動きを感じた
  3. この動いた心に焦点を当てる
  4. たくさんの比喩を使いその感情に一番ぴったりな言葉を探す
  5. 内面にぴったりだと思った言葉で書き綴る


この工程の中に、具体的、直接的という言葉はありません。

起こった出来事を書くのではなく、
それによって動いた心の中を、
その人の言葉で表現するのが「詩」なのです。


出来事って、誰もが同じように想像出来るような具体的な言葉で話すことができますよね。

「100点満点のテストで65点だったよ」

これは、誰が聞いても同じ事実として受け取れます。


でも、心の中のことを人に伝えるのって、
とても難しいと思ったことはないでしょうか?

「頑張ったのに65点で悲しかった」

これだけでは、その人の気持ちはほとんど伝わってきません。


自分の辛さを、自分が感じているのと同じだけ分かって欲しい。

大人になればそんなのは無理だと分かってきますが、
それでもそう思ってしまう気持ち自体は中々なくならないものです。


心の中というのは誰にも見えず聞こえないものですから、
それを直接的に表現する方法というのはそもそも有り得ない、
ということなんだと思います。


そんな、確かに心は感じているのに具体的に分かりやすくは伝えられない気持ち。


それを何とかして言葉によって表現したいと四苦八苦して生まれたのが「詩」なのです。

つまり「詩」とは、自分自身の心を表現した言葉


では今回のテーマである「詩」の楽しみ方という観点で見るとすれば、
「詩」を読むというのは、
その赤の他人の心を眺めるということなのです。

それ、何が面白いの?


そう思った方がいたら、ちょっと待って下さい汗


この次で、そんな「詩」を楽しむとはどういうことなのか、
私なりに説明していきたいと思います。

詩の楽しみ方


実は私の手元にある「中原中也の詩集」の解説に、
とても素晴らしい言葉があったので一言に要約して紹介させて頂きます。

流行歌書きというのはいかに多くの人と相性を合わせるかという仕事であり、逆に詩人とはひたすらストイックに自分との相性を探り続ける存在だ…


というのです。

これはあの有名な作詞家秋元康さんの言葉です。


まさに、これが詩の楽しみ方の基本の考え方だと思いました。

  • 皆さんには好きな音楽や好きな歌詞があるでしょうか?
  • その好きに出会った時の感動や喜びを覚えているでしょうか?
  • 自分の気持ちに重ねて、歌詞を噛み締めたことはあるでしょうか?


もしあるのなら、「詩」を楽しむ為のポイントは
すでに押さえていると言って良いです。


「詩」の全てを楽しむ必要なんて全くありません。


あなたの心の琴線が震える「詩」だけを、好きになれば良いんです。

美術館の鑑賞スタイルのひとつに、
ずらっと並んだ絵を一つひとつじっくり観るのではなく、
自分の良いなと思った絵の前だけ立ち止まり
なぜ良いと思ったんだろうと考えたりしながらゆっくり鑑賞する、
というスタイルがありますが、
これを知った時、「詩」の楽しみ方と一番近い考え方だなと思いました。


もちろん、詩も絵画も音楽も、
あらゆる芸術作品の楽しみ方というのは決まった一つではないです。


自分でこれが良いと思うスタイルが自分にとっての正解です。


ですがもし、まだ詩を読んだことがないとか、
読んだけど楽しめなかったとか、
何が良いのか分からなかったと読むのを止めてしまった方がいるのなら、
もう一度詩集を手に取ってみて欲しいと思います。


自分の心に近い言葉を探してみてください。

無数の詩とそれを書いた詩人の中には、
あなたの心と相性の良い存在がきっといるはずです。

もしかしたら長い旅になるかもしれませんが、
それならそれだけ多くの詩人に出会えるきっかけになります。


自分の心にぴったりとあった詩を見つけた時、
その詩はあなただけの宝物になります。


宝物を探す冒険。

これって昔の探検家やゲームの主人公になったようで、
わくわくする遊びだと思いませんか?

まとめ


詩に関して、一つ注意したいのは、
外国の詩は日本語に翻訳されているということです。


隠喩やリズムなどを多用した詩の場合、
翻訳を介していることで本来の詩から受け取れる感覚とは少し離れてしまうというのは、
どうにも避け難いことです。


また翻訳によっては、
古いものだと難解な言葉や堅苦しい言い回しが使われているものもあります。


ですから、
最初は日本の詩からスタートしていくのが、
おすすめかなと個人的には思っています。


もちろん、この人のが読みたい!
という意思があるのであれば、ぜひそこから読んでいただきたいと思います。


その気持ちが一番大切なので!


日本の詩作家には

  • 中原中也
  • 宮沢賢治
  • 島崎藤村
  • 金子みすゞ
  • 寺山修司
  • 高村光太郎
  • 萩原朔太郎


などなど、数多くの方がいます。

次回の「詩」の楽しみ方編では
おすすめの詩をご紹介していきたいと思っていますので、
小説だけではなく、詩にもどんどん興味を持ってもらえたら嬉しいと思います。


それではここまで読んで下さって、ありがとうございました。

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